蠅(日語小說連載)10,第1張

蠅(日語小說連載)10,第2張

  馬車の中では、田舎紳士の饒舌(じょうぜつ)が、早くも人々を五年以來の知己(ちき)にした。しかし、男の子はひとり車躰の柱を握って、その生々した眼で野の中を見続けた。

  「お母ア、梨々。」

  「ああ、梨々。」

  馭者台では鞭(むち)が動き停った。農婦は田舎紳士の帯の鎖に眼をつけた。

  「もう幾時ですかいな。十二時は過ぎましたかいな。街へ著くと正午過ぎになりますやろな。」

  馭者台では喇叭が鳴らなくなった。そうして、腹掛けの饅頭を、今や盡(ことごと)く胃の腑(ふ)の中へ落し込んでしまった馭者は、一層貓背を張らせて居眠り出した。その居眠りは、馬車の上から、かの眼の大きな蠅が押し黙った數段の梨畑を覜め、真夏の太陽の光りを受けて真赤(まっか)に栄(は)えた赤土の斷崖を仰ぎ、突然に現れた激流を見下して、そうして、馬車が高い崖路(がけみち)の高低でかたかたときしみ出す音を聞いてもまだ続いた。しかし、乗客の中で、その馭者の居眠りを知っていた者は、僅(わず)かにただ蠅一疋であるらしかった。蠅は車躰の屋根の上から、馭者の垂れ下った半白の頭に飛び移り、それから、濡れた馬の背中に畱(とま)って汗を舐(な)めた。

  馬車は崖の頂上へさしかかった。馬は前方に現れた眼匿(めかく)しの中の路に従って柔順に曲り始めた。しかし、そのとき、彼は自分の胴と、車躰の幅とを考えることは出來なかった。一つの車輪が路から外(はず)れた。突然、馬は車躰に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車躰と一緒に崖の下へ墜落(ついらく)して行く放埒(ほうらつ)な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一聲発せられると、河原の上では、圧(お)し重(かさ)なった人と馬と板片との塊(かたま)りが、沈黙したまま動かなかった。が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力を籠(こ)めて、ただひとり、悠々(ゆうゆう)と青空の中を飛んでいった。



位律師廻複

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