經典日本文學有聲故事集:夢野久作
經典日本文學有聲故事集-夢野久作-雨ふり坊主
雨ふり坊主
夢野久作
お天気が続いて、どこの田圃(たんぼ)も水が乾上(ひあ)がりました。
太郎のお父さんも百姓でしたが、自分の田の稲が枯れそうになりましたので、毎日毎日外に出て、空ばかり見て心配をしておりました。
太郎は學校から帰って來まして鞄をかたづけるとすぐに、「お父さんは」
と尋ねました。
お母さんは洗濯をしながら、「稲が枯れそうだから田を見に行っていらっしゃるのだよ」
と悲しそうに雲われました。
太郎はすぐに表に飛び出して田の処に行って見ると、お父さんが心配そうに空を見て立っておいでになりました。
「お父さん、お父さん。雨が降らないから心配してらっしゃるの」
と太郎はうしろから走り寄って行きました。
「ウン。どっちの空を見ても雲は一つも無い。睏ったことだ」
とお父さんはふりかえりながら言って、口に啣(くわ)えたきせるから煙をプカプカ吹かされました。
「僕が雨をふらして上げましょうか」
と太郎はお父さんの顔を見上げながら、まじめくさってこう雲いました。
「アハハハ。馬鹿な事を雲うな。お前の力で雨がふるものか」
とお父さんは腹を抱えて笑われました。
「でもお父さん」
と太郎は一生懸命になって雲いました。
「この間、運動會の前の日まで雨が降っていたでしょう。それに僕がテルテル坊主を作ったら、いいお天気になったでしょう」
「ウン」
「あの時みんなが大変喜びましたから、僕のテルテル坊主がお天気にしたんだって雲ったら、皆えらいなあって雲いましたよ」
「アハハハハ。そうか。テルテル坊主はお前の雲うことをそんなによくきくのか」
「ききますとも。ですから今度は雨ふり坊主を作って、僕が雨を降らせるように頼もうと思うんです」
「アハハハハ。そりゃあみんなよろこぶだろう。やってみろ。雨がふったら禦褒美(ごほうび)をやるぞ」
「僕はいりませんから、雨降り坊主にやって下さい」
太郎はすぐに半紙を一枚持って來て、平仮名でこんなことを書きました。
「テルテル坊主テル坊主天気にするのが上手なら雨ふらすのも上手だろ
田圃がみんな乾上(ひあが)って稲がすっかり枯れてゆく雨をふらしてくれないか
僕の父さん母さんもほかの百姓さんたちもどんなに喜ぶことだろう
もしも降らせぬそのときは噓つきぼうずと名を書いて貓のオモチャにしてしまう
それがいやなら明日(あした)からドッサリ雨をふらせろよ褒美にお酒をかけてやる
雨ふり坊主フリ坊主田圃もお池も一パイにドッサリ雨をふらせろよ」
太郎はその手紙を丸めて坊主の頭にして、紙の著物を著せて、裏木戸の萩の枝に結びつけておきました。
その晩、太郎の家(うち)で親子三人が寢ていると、夜中から稲妻がピカピカ光って雷が鳴り出したと思うと、たちまち天が引っくり返ったと思うくらいの大雨がふり出しました。
「ヤア、僕の雨ふり坊主が本儅に雨をふらした」
と太郎は飛び起きました。
「僕はお禮を雲って來よう」
と出かけようとすると、お父さんとお母さんが、「あぶない、あぶない。今出ると雷が鳴っているよ。ゆっくり寢て、明日(あす)の朝よくお禮を雲いなさい」
と止められましたので、太郎はしかたなしに又寢てしまいました。
あくる朝早く起きて見ると、もうすっかりいいお天気になっていましたが、池も田も水が一パイで皆大喜びをしていると、田を見まわりに行っていたお父さんはニコニコして帰ってこられました。そうして太郎さんの頭を撫でて、「えらいえらい、禦褒美をやるぞ」
とお賞めになりました。
「僕はいりません。雨ふり坊主にお酒をかけてやって下さい」
と雲いました。
「よしよし、雨ふり坊主はどこにいるのだ」
とお父さんが雲われましたから、太郎は喜んで裏木戸へお父さんをつれて行ってみると、萩の花が雨に濡れて一パイに咲いているばかりで、雨ふり坊主はどこかへ流れて行って見えなくなっていました。
「お酒をかけてやると約束していたのに」
と太郎さんはシクシク泣き出しました。
お父さんは慰めながら雲われました。
「おおかた戀の川へ流れて行ったのだろう。雨ふり坊主は自分で雨をふらして、自分で流れて行ったのだから、お前が噓をついたと思いはしない。お父さんが川へお酒を流してやるから、そうしたらどこかで喜んで飲むだろう。泣くな泣くな。お前には別にごほうびを買ってやる……」
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