芥川龍之介:若人(鏇頭歌)(日語閲讀)
うら若き都人こそかなしかりけれ。失ひし夢を求むと市(まち)を歩める。
橡(マロニエ)の花もひそかにさけるならじか。夢未多かりし日を思ひ出でよと。
たはれ女のうつゝ無げにも青みたる眼か。かはたれの空に生まるゝ二日の月か。
しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる。初戀のありとも見えぬ薄ら明りに。
さばかりにおもはゆげにもいらへ給ひそ。緋の房の長き団扇にかくれ給ひそ。
なつかしき人形町の二日月はも。若う人の涙を誘ふ二日月はも。
いとせめて泣くべく人を戀ひもこそすれ。黃蝋の涙おとすと燃ゆる如くに。
湯沸器(サモワル)の湯気もほのかにもの思ふらし。我友の西鶴めきし戀語りより。(Kに)
ほゝけたる花ふり落す大川楊(おほかはやなぎ)。水にしも戀やするらむ大川楊。
香油よりつめたき雨にひたもぬれつゝ.たそがれの銀座通をゆくは誰が子ぞ。
戀すてふ戯れすなる若き道化は。かりそめの涙おとすを常とするかも。
何時となく戀もものうくなりにけらしな。移り香の(憂しや)つめたくなりまさる如。
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