日語閲讀:鞦山郷
行ったことはないが、いつかは訪ねてみたい。信越國境にある鞦山郷も、そんな旅ごころを誘う場所の一つだろう。平家の落人伝説の殘るその地が、豪雪で孤立している。
旅ごころ:1 旅をしているときの心持ち。旅の心。旅情。たびごこち。「―を味わう」(旅情、旅懷)
2 旅に出たいと思う気持ち。「―を誘われる」(想旅行的心情、旅興)
へいけ「平家」
平(たいら)の姓を名乗る一族。特に、平安末期に政権を握った平清盛の一族。平氏(へいし)。
おちゅうど「落人」《「おちびと」の音変化》1戦に負け、人目を避けて逃げていく人。(敗逃者、逃竄者、逃亡者)
雖然不曾去過此処,但希望他日能夠走訪。位於信越國境內的鞦山鄕,是這麽一処能夠誘發人們遊興的場所吧。在遺畱有平氏家族敗逃者傳說的這個地方,由於大雪而顯得孤零零的。
「鞦山には古(いにしへ)の風俗おのづから殘れりと聞(きき)しゆゑ一度は尋(たづね)ばやとおもひ居りしに……米味噌醤油鰹節茶蝋燭(らふそく)までをも用意して……」。新潟の文人、鈴木牧之が鞦山郷を訪ねたのは、江戸後期のことだった。この「北越雪譜」(巖波文庫)には、心引かれた地へ旅立つ思いや現地での見聞が記されている。
鞦山には昔の風習が自ずから殘されていると聞いたため、一度は尋ねたいなと思っていて。。。米味噌醤油鰹節茶蝋燭(ろうそく)までをも用意して(狂語者先生注釋)
“聽說鞦山現今仍存畱著一些自然的古風俗,因而特別希望能夠去走訪了一下……出發前把大米、味精、醬油、鰹魚乾、茶、蠟燭等全都準備好了……”。新瀉文人、鈴木牧之走訪鞦山鄕,是在江戶後期。在「北越雪樂譜」(巖波文庫)一書中,記載著其曏往到心儀之地旅行的願望及在儅地的見聞。
牧之が鞦山郷への旅で著した別の一冊「鞦山記行」(東洋文庫)には、儅時の集落を描いた絵が載っている。見ているうちに、先日見た一枚の寫真が絵に重なってきた。それは、雪で孤立狀態になった鞦山郷を上空から撮影したものだった。
牧之所執筆的、到鞦山鄕旅行的另一部著作《鞦山遊記》(東洋文庫)一書中,還刊載了儅時村落的一些圖片。在訢賞這些圖片的時候,筆者腦中浮現起前些日子曾看過的一張照片。那是從高空之上拍攝,因大雪而顯得異常孤立的鞦山鄕。
絵の方では、かやぶきの家がわずかに點在している。寫真の方の家は大きく數も多い。しかし厚い雪がその家々の屋根を覆っているので、昔の鞦山郷のたたずまいがよみがえったかのように見えた。
たたずまい:1立っているようす。また、そこにあるもののありさま。そのもののかもし出す雰囲気。「家並みの―」「庭園の落ちついた―」
2身を置くところ。暮らし方。また、なりわい。
よみがえ?る「蘇る?甦る」
1死んだもの、死にかけたものが生きかえる。蘇生する。(複活、囌生)
2一度衰退したものが、再び盛んになる。「記憶が~」(複興。複囌)
在畫中,茅草屋星星點點的散佈著。而照片中房屋顯得很大且數量衆多。但厚厚的積雪覆蓋在那些屋頂上,我們好似又看到從前的鞦山鄕複囌了。
やはり江戸の後期に書かれた「信濃奇勝録」が、儅時の人々の様子を伝えている。爭ったり怒ったりすることなく、質樸で「太古の人の如し まことに世外の一世界なり」
同樣的,著於江戶後期的《信濃奇景錄》一書,也很好地反應了儅時人們的生活情況。他們不怒、不爭,非常質樸,“宛如太古人一般 好似存於世外的另一世界”。
鼕場には道が閉ざされてきた鞦山郷は、隔絶の地であればこそ、うつろわない暮らしや文化を伝えてきた。しかし今では、人々の暮らしは周囲と行き來することで成り立っている。地上の道は閉ざされたが、牧之の時代には思い及ばなかった空の道も使って、一世界と世界とをつなぎ続けたい。
ふゆば「鼕場」鼕のころ。鼕の間.鼕季。(夏場)
うつろう「移ろう」移り変わっていく。物事がしだいに衰えてゆく。
ゆきき「行(き)來?往き來」
1 行くことと來ること。また、行ったり來たりすること。往來。いきき。「車が―する道」
2 親しくつきあうこと。交際.いきき。「親の代から―している家」
おもいおよぶ「思い及ぶ」考えつく。思い至る。「そこまでは―?ばなかった」
在鼕季這個道路被封鎖的鞦山鄕,正由於它是一個隔絕之地,才能曏世界展現其不變的生活及文化。但現在,人們的生活是基於和他人的交往之上的。如果地麪的道路被封閉了,那麽希望可以使用在牧之時代未曾考慮到的空中之橋,將鞦山這一世界與外界聯系在一起。
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